《サイト移転のため、アーカイブより再投稿》

信長の頃は人生50年と言われていたようだが、男女とも平均寿命が80歳を超えた現代日本では、まさに、人生は長距離戦である。こうなると、定年退職後20年以上の期間を含めて、自分の人生をどう活かすかは重要な問題である。

60代以降になると、若い頃と違って、徐々に、夢や希望、或いは生きるテーマ(課題)が見えなくなってきて、社会にも家庭にも「自分の居場所がない!」と言う寂しい事態も予想される。 それでも、女性はアンチエイジングへの興味や、仲間との集いなど、色々工夫しながら人生後半を上手く生き抜く人が多いが、男の場合は、なかなかそうは行かない。

起業家向けシェアオフィス、レンタル会議室、さらに、女性向けシェアサロン等の企画運営を、SO!のビジネスとして以来、若い世代や女性との関わりが多くなった為か、私自身、『気がお若いですね!』と言って頂けることが結構多いが、世の中にも、同世代ながら印象が10歳くらい違う人々は多い。それが何に因るのか?連休最後の寒い一日、自宅にてそんなことを考えてみた。

 

気持ちが若い事が必ずしも自慢すべきことではないが、中高年になって、上手く自分の居場所を確保出来ている人は、気が若いというか、元気な人が多いように思う。だとしたら、年齢を重ねながら、如何にして自分の居場所を築いて行くかと言う事が重要になる。

私が思うには、それは、我侭に生きると言うことである。

嫌いな人とは出来るだけ付き合わない。好きなことや興味がある事には積極的に関わっていく。仕事は好きになれるようなやり方を見つけながらやる。どうしても好きになれない仕事ならキッパリ辞める。などなどである。

 

突然だが、私のおふくろは62歳で亡くなった。

なくなる数年前から、「この世は賽の河原だね!」と独り言のように何度も口にしていた。「毎日の生活が同じことの繰り返しだ」と言う意味であるが、当時、高校生で自宅に居た私は、そんなおふくろの独り言をよく聞かされていた。

一家の主婦として、60年生きてきてみると、世の中はそんなに楽しいことや面白いことで満たされている訳ではないと言う、庶民の実感と言うか「悟り」のように感じたが、その一方で、60歳にして、すでにそのような境地に至ったおふくろの気持ちが悲しい気もした。

その後、私自身も徐々に歳を重ねる中で、ふと、何かを我慢して生きる生き方に疑問を感じるようになり、我侭な生き方とか、常識に囚われない自由な発想を愉しむ大切さを考えるようになった。亡くなったお袋が、身を以って教えてくれたのかもしれない。

自己を犠牲にしながら家族の為にと言う生き方は大変立派であるが、その結果、老後になって、「人生面白くない!」とか、「自分には居場所がない!」と嘆かざるを得ない事態になっても、誰の責任にも出来ない。 人生が長距離戦となった現代、個々の人生は連続していると言うことであり、どんなスタートを切って、途中でどんな走りをして、最後に、グランドでどのように迎えられるかは、ひと繋がりのものとして、すべて自分で引き受けなければならないのである。

 

40代後半に読んだ作家の宇野千代さんのエッセイの中に、『青春とは年齢の事ではなく、夢や希望を抱いている時が青春である。』と言う意味の文章があたが、私はこの言葉が大変好きで、これからやってくる50代こそ、わくわくドキドキする事との出会いを見つけていきたいと願ったものである。

 その対象が、家族だったり、仕事だったり、社会や地域への貢献だったり、もっと生々しく、異性であったり、お金であったり、社会的地位や名誉だったり、人それぞれではあろうが、私自身は、取りあえず、我慢しないで、その時々の自分の気持ちに正直になろうと決心したのである。

その結果が、転職であったり、独立して起業する選択であったり、現在の「SO!」のビジネスへの移行であったりと言う事である。あちこちダッチロールしながらの飛行ではあったが、最近は、誰の導きかは分からないが、今の仕事は「やっと辿り着いた良縁かな?」と言う気がしている。

同時に、自分だけの夢や希望は、自分の能力や年齢などの諸条件の中で、頭打ちになったり、ネタ切れになる場合があるが、誰かの役に立ったり、いくらかでも社会に貢献出来る仕事は、不思議に、周囲から、新たな夢や希望のチャンスがもたらされるようだと勝手な思いもある。

人は、自分で後悔することがないように、自分の好きなことを我がままに選択してきて、「最後の居場所」が必要になった時に、「縁ある人々」の役に立ったり、少しでも社会に貢献出来るなら、そんな有難いことはない。

但し、SO!のビジネスが、本当に社会に役立つ仕事かどうか?それは、今後のSO!の成り行きが証明してくれるだろう。