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私事だが、何十年振りかでNHKの大河ドラマを毎週楽しみに観ている

上杉家の名宰相と謂われた米沢藩の戦国武将「直江兼続」のドラマである。政治や経済が迷走している今年の大河ドラマとしては、真の改革派執政官として大変的を得た人物のドラマである。

ところで、話は変わるが、最近の非正規労働者の失業問題に代表される貧困問題は、単に格差社会の「負け組」と言うことでは済まされない緊急課題ではある。その一方で、今回の世界的金融不況は、数年前では、「勝ち組」として異常な程の高額報酬を得ていた外資系企業の社員や金融関係者などにも大きな打撃となっている。

本来なら、報酬額も生活圏も両極端な階層が、今回のアメリカ発の金融商品の破綻により、同じように大きな被害を被ったのは、実体経済の担い手である国内の自動車や電機関連の大手企業も、所詮、金融バブルで膨らんだ不確かな海外マーケットのお陰で業績を伸ばしてきたことを示している。

しかしながら、「新自由主意」の名のもとに、バブリーな経済システムを生み出してきた確信犯とも言える、新自由経済推進層が被害に合うのは自業自得と言って良いが、限られた働き口の非正規労働者や外国からの労働者が、急な解雇や契約打ち切りを言い渡される現状は納得しがたいものがる。

2005年、異常な人気を博して日本国民をお祭り気分にさせながら「郵政民営化」などの構造改革を推進してきた小泉純一郎元総理は、国会で格差問題について追求された時、『自由経済のもとでは、少々の格差はあってしかるべし!』と発言をしていたが、小泉さん言うところの「少々の格差」などは、いかなる時代にもあった訳であり、市場原理主義に基づく構造改革を進めたい「小泉-竹中ライン」は馬鹿じゃないから、現在のような、アメリカ並みの「大きな格差」が生まれるだろう事は十分承知の上と言うか、本当は、それがネライだったのかもしれないと思われる。

何故なら、彼らは、自由市場の中でさらに大きな収益を期待する(異常な格差を是とする)支持層を地盤にしていたからだと言う事になる。残念ながら、政治とは最後は現実的な利害打算の戦いのようだから、「小泉-竹中ライン」が、どんな支持層が好む政策を実現しても自由ではあるが。。。

残念なのは、郵政民営化解散で、国民の大多数が熱に浮かされたように小泉改革を支持したのかと言う事である。私には今も納得できない。勿論、官僚の天下りや脱利権政治などの改革には私も多いに期待していたが、小泉-竹中改革派の主張は、どこか胡散臭いところがあり、コツコツと郵便貯金を積み立てて来た国民の多くにとってプラスになる改革とは思えなかったので、当オフィスブログでも、あえて政治テーマの「小泉改革に対する疑問」として何度か取上げてきた。

今は、あの当時の胡散臭さがどこから来ていたのか、その後、色々な専門家の言説に接するにつれ、私も以前よりよく分かるが、要するに、アメリカが願望する「規制緩和」に添って、外資企業でも自由に参加出来るグローバルマーケットに開放しようと言うことだろうが、そのような新自由主義の恩恵を一番受けるのは、当然ながら、グローバルマーケットで勝負できる大企業や、潤沢な資産を規制なき金融商品として活かせる一握りの富裕層なのであり、逆に、その被害を一番被るのは、日本の法的なガードを外された弱い国内企業であり、競争社会では「負け組」となってしまった、便利で安い労働力の担い手であったと言う事である。

ところで、私が思うに、人生の最大の目標が、他人に勝つことであり、戦後の復興期のままに「どこまでも物質的な豊かさを求め続ける」ことであれば、この競争社会は終わることなく続くだろうと思われる。

人生の意義を、生きる楽しみを、お金や物質以外の「何か」に求めることが出来なければ、国民は物質的な豊かさや、さらなる便利さを求め続け、国家はその為に他国の経済市場も当てにした経済拡大政策を推進して行くだろう。

地球資源は有限であるのだから、人間の欲望だけを無限に拡大してして行くビジネスモデルが永遠に続くことはありえない訳である。だとすれば、100年に一度と言う今回の世界的不況は、何世紀も続いてきた、科学技術をベースとした人間の欲望の物質化とも言える「豊かな生活」を、そろそ方向転換(質的変換)すべき時期にきている事を教えてくれているのではないだろうか?

そして、何世紀もの間我々を支配してきた文明の発達とか進歩も、今一度再検証してみる必要がありそうだ。

論語に【温故知新】という言葉がある。

歴史や先人の思想などを学んで、新しい知識や発見を得るという事で、孔子が「師となる条件として述べた言葉」だと語源由来辞典には説明されている。紀元前にすら、孔子は『師たるもの昔に学べ!』と説いているのである。それから2千年以上も進歩を遂げてきた現代文明は、一度立ち止まって再考すべき時期だろう。

孔子の教えに習って、日本の政界や経済界のリーダーも、

『時代を見直す、歴史や文化を見直す、田舎や自然を見直す、精神的豊かさを見直す』ことを、もっと真剣に考えることが大切ではないか。

その中から、個人の生甲斐や、ビジネスモデルも含めて、競争社会から新しい共生へのロードマップが見えてくるだろうと思う。