《ブログサイト移転のため、アーカイブより再投稿》

今回はちょっと大袈裟なタイトルになってしまい、些か恐縮である。

どんな事業も、社会的価値がないものは存在し得ないと言えるから、その意味では、シェアオフィスに社会的価値があるのは当然だ!とは言えそうだが、今日は、シェアに拘り続ける「SO!」に存在価値があるとして、では、その使命(役割)とは一体何だろうかについて、少し真面目に考えてみたい。

私が育った昭和30年代(映画「ALWAYS三丁目の夕日」の時代)は、農村であれ、漁村であれ、山村であれ、田舎はほとんど村落共同体として存在していた。東京や大阪などの都市に於いても、恐らく、地域住民は協調しながら共同体として生活していただろう。

そして、昭和40年代後半、私自身が社会人になる前、戦後の急激なる経済復興をめざして働く続けた「日本のサラリーマン」が、いみじくも「エコノミックアニマル」(1969年に流行語大賞)と評された時代、多くの会社組織は地域社会に代る「運命共同体」としいぇ成立していた。

 

その後、新自由主義の経済改革が主流となったきたこの 10年、一般企業でも競争原理が取って代わるようになると、部下や後輩に重要な得意先や業務上のノウハウを丁寧に指導すると、自身の社内での立場が心配になるという笑い話のような状況が生まれ、以前のように、会社組織が運命共同体として機能しなくなってきたと同時に、その流れの中で、企業における非正規雇用者数も急増した。

そうなると、生活の場としても、仕事の場としても、個人主義の競争社会が中心となり、地域共同体や共生社会の親密さや安心感を失くなり、大なり小なり、不安や疎外感を感じながら生きる人々が増えてくることとなっても不思議ではない。

経済格差による貧困問題は当然のこと、子供たちの教育機会の不均衡、或いは、「心の問題」を抱えるOLやサラリーマンが増え、最近では心理カウンセラーの需要が一気に高まっている。(SO!のシェアサロンやSO!長屋の井戸端コミュニティ会員にも、最近はカウンセラーが増えているが、このような、カウンセラーによるセラピーは、心理面における「擬制共同体」と言う意味合いがあるのではないだろうか?)

人間は、他人と接する事による「ストレス」もなくはないが、そうは言って、今の競争社会の中で自分の殻に籠もって生きられる訳でもなく、やはり、助け合い、支え合えながら、心を癒せる「仲間や場所」を必要なのは間違いないだろう。

そう考える時、今の社会経済状況の中で、独立起業する個人事業主や起業家にとって、以前の地域共同体の役割を持ったビジネス共生広場としての「シェアオフィス」の意味が見えてくるようだ。

以前にも、当ブログで書いたが、あなたが生み出した「すばらしいビジネスモデル」は、一時的には、急成長を生み出してくれることもあるだろうが、その素晴らしい事業を5年も10年も継続して行くには、やはり、私的な、公的な仲間との繋がりや協力は不可欠である。

その意味で、私生活上でもなく、仕事だけの関係でもない、シェアオフィスやシェアサロンでの「地域共同体的な仲間との関係が、長い目でみて、あなたのビジネスにどれほどの「強み」を与えてくれるか?を考えて見れば、個人起業家やSOHO事業者にとって、この競争社会で、「シェア仲間」の意味は明確になるのではないだろうか?

それは同時に、「SO!」の運営者として、これらの空間と人が融合したシェア施設を、どのように進めて行くかが、私自身の、又SO!の事業としての大きな使命ではないかと、最近気付き始めた。

SO!の今後の具体的なテーマは、この5年間進めてきた、個人起業家向けのオフィス拠点や、女性のサロンビジネス用の「場の提供」の継続と共に、将来の起業を予定している、所謂「週末起業家」の為の起業道場として、又、独立事業者や小規模法人の人的ネットワークが促進される、ゆるやかな、有形・無形の『ビジネスコミュニティ(=都市型村落共同体)』を実現したいと考えている。

そして、この5年間、シェアオフィスの運営を通して、多くの個人起業家に接してきて、最近思うことは、今後の起業や事業継続のキーワードは、シェアオフィスの有効利用にも通じるが、「如何に人や情報との出会いを自社のビジネスに活かせるか!」であると思う。

我々人間に於いては、脳細胞だけでも日々10万個以上の細胞が生れ替わりながら生命維持が行なわれていると言う。ビジネスに於いても、現状を維持する事に注力するのではなく、社会やビジネス環境の変化に合わせて、如何に新しい情報や人との交流を取捨選択して行くかが、継続の重要ポイントになってくると思っている。

この意味、SO!のシェアオフィスやシェアサロンが、実践的な「起業道場」として、知らず知らずの間に、あなたのビジネスの血肉となるような舞台となることを、運営者として、密かに期待している。